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つくり手を訪ねて①「あらいふぁーむ」さん

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自分がおいしいと思えるものをつくりたいし、楽しいと思えることを続けたいです

フェルム ラ・テール美瑛本店のレストランで出てくる野菜の多くは、「あらいふぁーむ」さんに分けていただいた野菜です。ご縁は7年前、フェルムのシェフが、美瑛町でなるべく農薬を使用しない農法で野菜をつくっている農家さんがいらっしゃるらしい!という噂を聞きつけてドアを叩いたことから始まります。フェルムの味を支えてくださっている新井さんにお話を伺いました。

種類があった方が面白いし、無農薬の野菜はフツーにおいしいと思う

– 今はどれくらいの種類のお野菜を作っていらっしゃるんですか?

「どれくらいって言われると困るな(笑)んー、トマトの中でも何種類、ズッキーニだと何種類…みたいにとにかく多品種をつくっています。年によるし、土があればそこに新しい種を蒔くし、そんな感じで年間通していろんな野菜を育てています。」

東京で印刷業についていた新井さん。農業にも、もちろん美瑛町にも全くゆかりがなかったとか。そんな中、前職で早期退職の話が持ち上がった際になぜか迷いなく「農業をやろう」と思ったのだそう。

「もともと土いじりは好きだったので、いつかやってみたいなという思いはありました。本当にたまたま、美瑛町に農薬を使わない農法のパイオニア的存在の方がいらっしゃって、その方の下で学べることになったので美瑛町に来ました」

3年の修行を経て、現在(2024年)あらいふぁーむは7年目を迎えます。 「はじめは、それこそ分からないことだらけなので、こっち(農薬を使わない)の方が気になるからやってみたいなくらいの気持ちでした。もともとのこの土地は無農薬栽培をやっていたわけではなかったので、最初の何年かはもっぱら土づくりでしたね。肥料を蒔いて、土のコンディションを整える。うまくいったかどうかがわかるのは収穫できる時なので、年単位の調整になりますし、根気がいります。でもやっぱりそうやってつくったうちの野菜はおいしいと思うんです。自分がおいしいと思ったものをつくっていたい。あと、よく大変でしょうなんて言われますが、あまり大変だとは思っていないんですよ。楽しいから。」

顧客もいろいろ、やり方もいろいろ

文字通り別の畑から参画した分、従来の観念にとらわれず、アイデアを形にしていく強みがあると思う、と新井さんは言います。

「多品種をつくっているのも、うちのお客さんは個人の方が多いからなんです。お任せで頼まれてお送りする場合だと、例えばズッキーニでも、箱を開けた時にいろんな種類が入っていた方が楽しいじゃないですか。地元のファーマーズマーケットに出すにしても、時期によっていろいろあるとおもしろいし。」

「例えば今乾燥いちごを作ろうと試作してるんですが、一般のお客様用にはドライにして、お店用だったらセミドライもありだなと。お客様によって欲しいものが違ったりすると思うので、いろんなやり方があっていいと思うんです。だから、ラ・テールさんのオーダーは楽しいですよ、「けんたろう」※とか、他に需要ないでしょっていう面白いこと言ってくるから(笑)」
※「けんたろう」…北海道で栽培される収穫期が非常に短く希少価値の高い苺。めちゃくちゃギュッと甘いです!(編集談)

「今は、『ダイアモンドにんにく』を、札幌の相棒と一緒にブランド化してます。一緒に商品を考えたら、加工はそちらに任せて僕はとにかくおいしい野菜をつくる。先日は「マツコの知らない世界」という番組でもにんにくマヨネーズ紹介していただいて、好評で嬉しいです。他にも、にんにくと塩を組み合わせたり、熟成させて黒にんにくにしたり、大きな農家さんではできないようなことでも自分の農業ならまだいろいろ試せるので。そんなふうに、販路や方法を一つに限定せず、いろんなアイデアをカタチにして、おもしろそうだな、これはおいしいな、と思ったものをどんどんつくっていきたいです。」

今ではあらいふぁーむさんで働きたい!と美瑛町に移住してきた方など、同じ方向を見て一緒に進める仲間ができたのだとか。

「農業は自然相手だから基本休みがないし、長い時間働くことになるからもちろん大変なところはあります。町も新規就農者を募ってはいるけれどまだまだサポートが篤いとは言えないと思う。それでもやっぱり、僕は楽しいんですよね。手に職があるわけではないとはいつも思っているのですが、伝えられることがあれば伝えるし、別にその相手は自分の子どもじゃなくてもいいと思う。楽しいと思ってやれる人が思うようにおいしいものをつくれるような業界にどんどんなったらいいなと思いますし、そうやっていきたいですね。」

新井さんの野菜のおいしさの裏には、新井さんの緩やかで揺るぎない信念がありました。

(取材2024年6月)